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津地方裁判所 昭和38年(ワ)20号 判決 1963年12月12日

原告 山口金次郎

同 門脇政次郎

右原告両名訴訟代理人弁護士 志賀三示

被告 三泗酪農農業協同組合

右代表者代表理事 後藤卓三

被告 有限会社 北酪興社

右代表者代表取締役 生川芳造

右被告両名訴訟代理人弁護士 杉浦酉太郎

主文

一、被告三泗酪農農業協同組合は原告等に対し

(一)  津地方法務局富洲原出張所昭和二七年一〇月二〇日受付第一四三七号をもつてなした。

三重郡川越村大字豊田一九四番地

家屋番号 天神町三二番の二

木造瓦葺平家建工場 一棟 建坪 七七坪五合

附属木造瓦葺平家建工場 建坪 六坪

に対する所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

(二)  右建物が原告等の所有であることを確認する。

(三)  右建物から退去して明渡せ。

(四)  昭和三七年五月一一日から右明渡済に至るまで一ヵ月七、五〇〇円の金員を支払え。

二、被告有限会社北酪興社は原告等に対し右建物から退去して明渡せ。

三、訴訟費用中昭和三二年(ワ)第三二号事件につき生じた分は被告三泗酪農農業協同組合の負担とし、同三八年(ワ)第二〇号事件につき生じた分は被告有限会社北酪興社の負担とする。

四、この判決は、主文第一項第(三)号、及び同第二項に限り仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

一、訴外矢田酪農農業協同組合が、訴外生川むめを連帯保証人とし、生川芳造を主債務者とする金銭消費貸借公正証書にもとづき、訴外生川むめ所有の本件建物等につき、昭和二七年八月二七日頃、津地方裁判所四日市支部に対し、強制競売の申立をなし、同支部は同日右建物について強制競売開始決定をなし、その旨の囑託登記を津地方法務局富洲原出張所に対してなしたところ、同出張所は、本件建物等につき訴外生川むめのために所有権保存登記をなし、強制競売開始決定の登記を経由したこと、原告らは昭和三一年五月二八日、同支部から本件建物等につき競落許可決定を得たことは当事者間に争いがない。

原告らは本件建物の所有権を右強制競売により、適法に取得したと主張し、被告らはこれを争い、右強制競売の基礎となつた本件公正証書は、本件建物の所有者であつた訴外生川むめの不知の間に同人を連帯保証人として作成された無効のものであると主張するのでまずこの点から判断する。証人生川芳造、同都築判二、同生川むめの供述によれば、右公正証書は、生川芳造が、訴外生川むめに無断で擅に、同人を連帯保証人とした旨の各供述部分があるが、これらは、公正証書である成立に争いのない乙第三号証中に訴外生川むめは、公証人役場に自ら出頭し、人違いでないことを法定の印鑑証明書によつて、証明し、更にその公正証書の内容を読み聞かされ、これを承諾して署名捺印したものであるとの記載と対比し、たやすく措信しがたく、その他に被告らの主張事実を認めうべき証拠はなく、かえつて、≪証拠省略≫によれば、訴外生川むめの署名押印は、同人が昭和二五年一二月九日公証人役場においてなし、その人違でないことを証明したうえで作成されたものであることが明らかであるので、他に特段の事情のないかぎり、本件公正証書は同人の意思にもとづいて作成されたものと認める他はない。従つて、右の公正証書は、有効なものというべく、これにもとづく、本件建物に対する強制競売手続もまた有効なものといわなければならない。したがつて原告等は有効に本件建物の所有権を取得したものというべく、これに反する被告らの主張は採用することができない。

二、そこで当事者双方の登記の効力に関する主張について考えてみる。原告らは前記職権による訴外生川むめ名義の保存登記(以下(イ)の登記という)を経た強制競売手続において、同人所有にかかる「三重郡川越村大字豊田一九四番家屋番号天神町三二番の二、木造瓦葺平家建建坪七七坪五合、附属木造瓦葺平家建建坪六坪(現在工場となつている)同所家屋番号天神町三二番、木造瓦葺平家建居宅建坪一七坪」の建物につき、昭和三一年五月二八日津地方裁判所四日市支部から、競落許可決定を得、同支部は、同年一〇月三日津地方法務局富洲原出張所に対し、その旨の登記囑託をなしたところ、当時同出張所において右の建物を表示する登記簿が重複していたことを理由として囑託登記を却下したこと、原告らが津地方法務局長を被告とする当庁昭和三二年(行)第一号競落許可決定による所有権移転登記囑託却下決定取消請求事件において勝訴し、この判決が確定したので、昭和三七年五月一〇付で富洲原出張所において、原告らのために、競落物件たる右全部の建物につき前記(イ)の登記簿に所有権取得登記を経由したこと、これより先訴外生川むめは昭和一一年九月二八日同出張所において「三重郡川越村大字豊田三一八番木造瓦葺平家建牛舎一棟建坪七一坪五合」なる保存登記(以下(ロ)の登記という)を経由していたこと、同人は、昭和二七年一〇月二〇日右の保存登記につき、表示更正登記、分割登記名義で登記申請をなし、前記(イ)の登記と全く同一の表示を有する登記を経由し、このうち「三重郡川越村大字豊田一九四番、家屋番号天神町三二番の二、木造かわらぶき平家建一棟建坪七七坪五合、附属、木造かわらぶき平家建六坪につき被告三泗酪農農業協同組合に売買名義で所有権移転登記(以下(ハ)の登記という)を経由したこと、現在、「三重郡川越村大字豊田一九四番、家屋番号、天神町一九四番、家屋番号天神町三二番の二、木造瓦葺平家建工場建坪七七坪五合附属木造瓦葺平家建工場建坪六坪」なる原告ら名義の登記と、同被告名義の登記と全く同一の二個の登記簿が存在すること、以上の各事実は当事者間に争いがない。ところで≪証拠省略≫によれば、前記(イ)の登記の表示欄の記載は本件建物及び三重郡川越村大字豊田一九四番家屋番号天神町三二番、木造瓦葺平家建居宅建坪一七坪の実質関係と一致したものであることが認められる。従つて右と全く同一の表示を有する前記(ハ)の登記もまた同一物件にかかる登記であることが明らかであるので、本件の場合は同一の実質関係について二箇の登記が存在することになる。

そこでこの二箇の登記の優劣について考えるに当事者間に争いない前記事実関係においては、同一の本件建物について、昭和二七年九月八日に、正当な権限にもとづいて(イ)の登記がなされ、その後同年一〇月二〇日に(ハ)の登記がなされたものであることが明らかである。

ところで被告三泗酪農農業協同組合は、右の(ハ)の登記は、(イ)の登記がなされる前に、すでに(ロ)の登記として存在していたのであるから(イ)の登記が二重登記として無効であると抗争する。前記のとおり(ハ)の登記は(ロ)の登記の表示更正登記、分割登記によつてなされたものである。そして同被告は(ロ)の登記を(ハ)の登記に更正、分割した理由は、(ロ)の登記を経由した後にその建物は「家屋番号天神町三二番、種類住家」となり、更に建増もしたため「木造かわらぶき平家建居宅一棟建坪一七坪、木造かわらぶき平家建一棟建坪七七坪五合、附属木造かわらぶき平家建一棟建坪六坪」となり、また区画整理により川越村大字豊田三一八番は、同所一九四番となつたからであると主張する。しかしこの点に関する証人土屋慶裕、同生川芳造、同生川むめの各供述は明確を欠き、にわかに措信しがたく、かつその他右の主張を肯認せしめるに足る証拠はない。かえつて≪証拠省略≫によれば(ロ)の登記をなした当時からすでに生川むめの所有の建物が数棟存在していたことがうかがえるのであつて、右の(ロ)の登記は、その建物のうちいずれの建物を表示する登記であるのかが著しく不明であると認められる。また先に認定したとおり本件建物等の実質関係は、前記の如く、「三重郡川越村大字豊田一九四番、家屋番号天神町三二番の二、木造かわらぶき平家建一棟建坪七七坪五合、附属木造かわらぶき平家建一棟建坪六坪(その後、この建物の種類は、成立に争いない甲第一四号証によれば、昭和三七年五月一〇日に工場と更正されている)と同所天神町三二番木造かわらぶき平家建居宅一棟建坪一七坪」であり(イ)の登記は、この実質関係に一致した表示欄を有する登記である。しかるに(ロ)の登記の表示欄には「三重郡川越村大字豊田三一八番、木造瓦葺平家建牛舎一棟建坪七一坪五合」と記載されていることも前記のとおりである。そこで実質関係と一致する(イ)の登記と(ロ)の登記の表示欄の記載を比較してみると、(イ)の登記は二個の建物(うち一個は附属建物あり)を表示しているのに(ロ)の登記は一個の建物を表示していること、(イ)の登記と(ロ)の登記は、建物の所在地番、建物の種類、建物の坪数がそれぞれ異つていること、(イ)の登記には家屋番号があるのに(ロ)の登記にはそれがないことが認められる。したがつて(ロ)の登記はこれと一致する実質関係は不明であり、又(イ)の登記の実質関係を表示するものとしては、その相異することが極めて顕著であるということができる。このことはまた昭和二七年九月八日当時、津地方裁判所四日市支部が、津地方法務局富洲原出張所に対し、本件建物等につき強制競売開始決定の登記囑託をなした当時においては、(ロ)の登記は本件建物等を表示するものとしては、分明でなく、むしろ本件建物等については、保存登記が存在しないような外観を呈していたので本件強制競売開始決定の登記囑託の受理にあたつては形式的審査権のみを有し、実質的審査権を有しない当該登記官吏としては、本件建物等につき他に保存登記が存在しないものと考えて、(イ)の登記をなしたのであろうことがたやすく推認できる事実に徴しても明らかである。

ところで、登記簿の記載をできるだけ実体関係と一致せしめなければならないことは取引の安全等、第三者に対する関係から要求されるのは自明の理である。したがつて登記の内容が実質関係と一致していないときには、更正登記の手続によつてこれを一致せしめることが可能である。しかし、建物の表示欄を更正する場合、表示欄の記載は建物の同一性を表示し、その登記用紙を特定の建物に確定する作用を果すものであるから、その更正は全く自由、無制限に許されるものではない。蓋し、ある建物の登記の表示欄の記載の錯誤遺漏が重大なものであるため、実質関係の同一性を表示するに足りないときには、実質的にその建物を表示する保存登記が存在しないような外観を呈し、ために同一建物につき更に別個の保存登記がなされ、後日前の保存登記につき実質関係に符号する表示更正登記がなされたとすれば、原則的には、前の保存登記が後の保存登記に優先するから、有効として扱われるので、後の保存登記を前提として取引した第三者は不測の損害をこうむることになるであろう。したがつて表示更正登記ができる場合として、たとえば、その同一性が認められない程度に錯誤遺漏が重大な場合には、他に同一建物につき別個の保存登記が存在しない場合、その他第三者に不測の損害をこうむらせるおそれのない場合に限られるものと解しなければならない。而してこの場合において実質関係を表示する別個の保存登記が既になされた後は、前の保存登記を更正することによつてこれを実質関係と一致させることはできないのみならず、前の保存登記は確定的に無効となると解すべきである。

本件につきこれをみるに、(ロ)の登記は、本件建物等を表示するものとしては、錯誤遺漏が重大であり、本件強制競売開始決定の登記囑託がなされた昭和二七年九月八日当時、本件建物等を表示する保存登記は存在しないような外観を呈していたものであること、右同日本件建物等を表示する(イ)の登記がなされ、原告らは(イ)の登記を前提として取引したものであることは前記のとおりである。したがつて、右同日(イ)の登記がなされた後である、同年一〇月二〇日に、訴外生川むめが(ロ)の登記につき表示更正登記、分割登記をなすことは許されないのみならず、もはや(イ)の登記がなされたことにより(ロ)の登記は無効となつているものであるから、右の表示更正登記、分割登記も無効であり、この分割登記によつて移記された登記により被告三泗農農業協同組合が経由した所有権取得登記((ハ)の登記)もまた無効である。

かくて、被告三泗酪農農業協同組合が経由した「三重郡川越村大字豊田一九四番、木造瓦葺平家建工場建坪七七坪五合、附属木造瓦葺平家建工場建坪六坪」についての所有権移転登記((ハ)の登記)は無効であるから、同被告は、原告らに対して、右(ハ)の登記の抹消登記手続をなす義務がある。また被告三泗酪農農業協同組合は、したがつて、訴外生川むめから本件建物の所有権譲渡をうけたとしても、その所有権取得を以て原告等に対抗できる筋合のものでない。

三、また原告らは右のように本件建物の所有権を本件強制競売手続にもとづき適法に取得したものであるにもかかわらず、被告三泗酪農農業協同組合は、原告らの本件建物の所有権を争うのでこれが確認を求める利益がある。

四、次に、原告らの被告らに対する本件建物について、明渡、損害金の支払を求める請求について判断する。

(一)  被告らが本件建物を占有していることは当事者間に争いがない。而して被告三泗酪農農業協同組合がその占有権限として主張するものは所有権であるが、前認定のとおり本件建物は原告らの共有であつて、同被告の所有ではない。また被告有限会社北酪興社が占有権限として主張するところは、被告三泗酪農農業協同組合との間に本件建物につき、賃貸借契約をなしており、原告らは、被告有限会社北酪興社の右賃借権を承諾したうえ、本件建物を競落したものである旨主張するが、右の事実を認めるに足る証拠は全くない。また仮に右賃借権があるとしても、同被告が被告三泗酪農農業協同組合との間に本件建物の賃借契約をなした日時は、前記強制競売申立の登記後であることがその主張自体において明白であるから、被告有限会社北酪興社は右の賃借権をもつて原告らに対抗できないわけである。

したがつて被告らは原告らに対して本件建物から退去して明渡すべき義務がある。

(二)  次に被告三泗酪農農業協同組合は本件建物を不法に占有しているので、原告らは本件建物の賃料に相当する損害をこうむつていること明らかである。而して、本件建物の賃料は鑑定の結果によれば、一ヵ月七、五〇〇円であることが認められるので、原告らは一ヵ月七、五〇〇円の割合の損害をこうむつていることになるので、同被告は原告らに対して昭和三七年五月一一日以降(成立に争いない甲第一四号証によれば原告らが本件建物につき所有権取得登記を経由した日の翌日であることが認められる)明渡済まで一ヵ月七、五〇〇円の割合による賃料に相当する損害金を支払う義務がある。

五、以上の理由により、原告らの本訴請求は全て理由があるから正当なものとして認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条第九三条仮執行宣言につき同法第一九六条第一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山田義光 裁判官 松本武 高橋爽一郎)

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